■Index>>>■Other>>>■63系電車を導入する際の供出車一覧 |
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■まえがき |
戦後の混乱期、各地の私鉄は戦災によって車両工場の極端な生産能力の減少によって車両の新製もままならず、とはいえ戦前からの車両は空襲と酷使で疲弊しきっており、早急な対策が求められた。 当時の運輸省は、生産車種を国鉄と共通化し車種を絞って部品を共通化することで生産効率を上げようと考えた。この車種には63系が指定され、申し入れのあった各私鉄に供給されることになった。 20mという大型で重い63系が入線できる路線は限られており、事実供給を受けたが使いこなせずに早々に手放した私鉄もあったほどで、無論設備の貧弱な地方私鉄には入線できない。そこで運輸省は63系の供給を行った私鉄各社に対し、見返りとして地方私鉄に車輌の無償譲渡を求めた。こうして玉突き的に地方私鉄に手ごろな車輌が供給されることになった。 ちなみに、これらの供給車輌は元所属の私鉄でも老朽化や機器類の関係から厄介者扱いを受けていた車両ばかりで、供給先の私鉄で大規模な修繕が必要になることも多々あったと伝えられており、しかしそれでも車両が足りなかった現状があり、戦後の混乱期を象徴するような車両史における出来事である。 |
■東武鉄道 |
東武の供出車は少数の木造車と自社発注の初期鋼製車、それに現在の野田線に相当する総武鉄道の引継車を放出している。東武は伝統的にイングリッシュエレクトリック社が供給するデッカーシステムという機器類を装備しており、他の私鉄で一般的だったウエスチングハウス製の機器類とは互換性がなく、終始単独運用に充てられたり、改造によって機器類が交換されたりしている。 デハ1形(デハ1〜8) デハ3→上信電鉄デハ10→(1952年車体更新)→1981年廃車 デハ4→上信電鉄デハ11→(1953年車体更新)→1980年廃車 デハ6→新潟交通モハ19→(1960年車体更新)→1999年廃線 デハ2形(デハ9・10 クハ1〜6) クハ1→デハ7→新潟交通モハ17→(1969年車体更新)→1999年廃線 デハ9→新潟交通モハ18→クハ40→クハ50→(1967〜70年に車体を小田急デハ1411のものに載せ替え)→1999年廃線 デハ10→上毛電鉄デハ81(1980年廃車) デハ3形(デハ11〜20・クハ7・8) デハ11→長野電鉄モハ133→モハ403→クハ451→(1977年廃車) デハ12→長野電鉄モハ132→モハ402→モハ401→(1977年廃車) デハ13→長野電鉄モハ131→モハ401→モハ421(HL制御化)→モハ411→(1977年廃車) モハ1000形(旧総武 モハ1001〜1004 モハニ1101〜1104 クハ1201・1202) モハ1001→高松琴平電鉄710→1981年廃車 モハ1002→高松琴平電鉄720→1981年廃車 モハ1003→上田丸子電鉄真田傍陽線モハ1001→モハ5361→モハ4261(HL制御化)→(1972年真田傍陽線廃止のため譲渡)→弘南鉄道大鰐線モハ110→1980年廃車 クハ1201→高松琴平電鉄910→730(電装)→880(電装解除)→2000年廃車 |
■東急電鉄 |
東急電鉄は戦時統合によって当時まだ大東急と呼ばれた時代で、供出された車両は東急の車両でも、実際に63系が入線したのは現在の小田急線と相模鉄道線だけであった。 地方私鉄への供給車輌はこのうち東急電鉄と相模鉄道の車両から選ばれ、東急からは池上電鉄引継車で、東武と同じくデッカーシステムの搭載車が他車との連結などの観点から選ばれている。 デハ3250形(デハ3251〜3258) デハ3251→静岡鉄道モハ500→モハ16→クモハ16→(1969年車体の大規模改装)→1975年廃車 デハ3252→静岡鉄道モハ501→モハ17→クモハ17→(1969年車体の大規模改装)→1975年廃車 デハ3253→庄内交通モハ103→1975年廃止 デハ3254→京福電鉄福井ホデハ301→1970年代に廃車 デハ3255→京福電鉄福井ホデハ302→1970年代に廃車 デハ3256→京福電鉄福井ホデハ303→1970年代に廃車 デハ3257→京福電鉄福井ホデハ304→1970年代に廃車 デハ3258→庄内交通モハ101→1975年廃止 |
■相模鉄道 |
前述したように当時はまだ大東急の一員であった相模鉄道だが、63系入線にあたっては小田急線と異なり自社の車両を地方私鉄に供給している。 相模鉄道線自体も車両不足にあえいでいて、国鉄の戦災車(いわゆる焼け電)を購入したほどだが、供給対象になったのはもともと電気式ディーゼル車として開発された車両に集電装置を取り付けて電車化した車両で、元々がディーゼル車と言う素性から小型かつ昇圧が不可能な構造であったために放出されたものと思われる。 デハ1050形(デハ1051〜1054) キハ1001→モハ1001→デハ1051→日立電鉄モハ13→1993年廃車 キハ1002→モハ1002→デハ1052→日立電鉄モハ14→1997年廃車 キハ1003→モハ1003→デハ1053→日立電鉄モハ15→1995年廃車 キハ1004→モハ1003→デハ1054→日立電鉄モハ16→1996年廃車 |
■名古屋鉄道 |
厄介者を整理した感の強い供出車輌たちだが、名鉄はとりわけ老朽車を地方私鉄に押し付けた印象で、ここに挙げる全車が架線電圧600V用の木造車、しかも前三車にいたっては単車である。譲渡先でも短命に終わるか早くに車体更新して元の車体は廃棄されていることが多く、その老朽具合が窺える。この背景には、名鉄という会社が名古屋圏の私鉄を吸収合併して大きくなった鉄道であるということがあり、機器類や運用面で支障をきたしており、63系導入によって車種統一を行いたいと考えるのは自然であろう。しかしその63系も、橋梁の耐荷重などの問題から名鉄では持て余し、早い時期に東武に譲渡され、以降の増備は運輸省規格型と呼ばれる18m車を中心に行われた。 なお、名鉄は吸収合併などによってたびたび改番されており、名鉄時代の番号の変遷は大変複雑であるため、ここでは主なもののみ記す。 竹鼻鉄道デ1形(1〜4 1921年製造) 竹鼻デ1→名鉄モ1→野上電鉄デハ14→1952年廃車 竹鼻デ2→名鉄モ2→熊本電鉄モハ11→1953年廃車 竹鼻デ3→名鉄モ3→熊本電鉄モハ12→1954年モコ1(工作車に改造)→1956年廃車 竹鼻デ4→名鉄モ4→野上電鉄デハ15→1952年廃車 竹鼻鉄道デ5形(5〜8 1928年製) 竹鼻デ5→名鉄モ5→松本電鉄デハ14→廃車時期不明 竹鼻デ7→名鉄モ7→松本電鉄デハ15→廃車時期不明 名岐鉄道デシ500型(501〜541 1912年製造) 名岐デシ502→東美鉄道デ1→1943年東美鉄道が名鉄に吸収合併されたためデ45に改番→熊本電鉄モハ15→1949年荒尾市営電鉄モハ15→1951年廃車 名岐デシ537→東美鉄道デ2→1943年東美鉄道が名鉄に吸収合併されたためデ46に改番→熊本電鉄モハ16→1949年荒尾市営電鉄モハ16→1951年廃車 尾西鉄道デボ100型(101〜108 1922年製造) 尾西デボ101→名鉄モ101→熊本電鉄モハ41→1957年ホハ41→1961年ナ5(長物車に改造)→1971年廃車 尾西デボ102→名鉄モ102→山陰中央鉄道デハ6→1948年島根鉄道に分離→1954年一畑電鉄に吸収され同電鉄広瀬線籍→1960年廃線 尾西デボ103→名鉄モ103→山陰中央鉄道デハ7→1953年日ノ丸自動車に吸収され同社の法勝寺電鉄線籍→1962年簡易鋼体化→1967年廃線 各務ヶ原鉄道K1-BE形(1〜8 1925年製造) 各務ヶ原K1-BE形1→名鉄モ451→山形交通三山線モハ106→1956年車体更新→1974年廃線のため蒲原鉄道に譲渡されモハ91→1985年廃車 各務ヶ原K1-BE形5→名鉄モ455→蒲原鉄道デ101→モハ21→1979年廃車 各務ヶ原K1-BE形8→名鉄モ458→尾道鉄道デキ458→1954年鋼体化→1964年廃線 |
■南海電鉄(近畿日本鉄道) |
南海電鉄も東急の事情と同じく戦時統合によって近畿日本鉄道の一員となっていたが、こちらは南海線に63系が供給され、同じく南海線の車両が地方私鉄に代償として供給された。 供給されたのは南海電鉄開業時の電1形など老朽木造車がほとんどで、しかも度重なる改造によって原形をとどめず、郵便荷物車すら供給されたが、こんな有様でも地方私鉄では供給を受け入れていたのである。 電1型(1〜24号 1907年製造) 3号→デホ30→淡路交通モハニ1001→クハ101→1961年廃車 電2型(101〜112 1911年製造) 105号→クハ708→車体のみ加太電鉄デホ31→南海デホ31→淡路交通モハニ1002→1954年車体更新→1966年廃線 107号→クハ710→車体のみ加太電鉄デホ32→南海デホ32→淡路交通モハニ1003→1959年鋼体化→1966年廃線 電5型(101〜122 1921年製造) 113号→モハ521→モハニ521→モユニ521→福井鉄道モハ91→モハ83→(1956年車体更新)→(度重なる改造により南海時代の部品は消失)→2006年廃車 114号→モハ522→モハニ522→モユニ522→福井鉄道モハ81→(1956年車体更新)→(度重なる改造により南海時代の部品は消失)→2006年廃車 115号→モハ523→モハニ523→モユニ523→福井鉄道モハ82→(1956年車体更新)→(度重なる改造により南海時代の部品は消失)→2006年廃車 116号→モハ524→モハニ524→モユニ524→福井鉄道モハ92→モハ84→(1956年車体更新)→(度重なる改造により南海時代の部品は消失)→2006年廃車 117号→モユニ525→モハ502→淡路交通モハニ1004→1961年廃車 118号→モユニ526→モハ501→淡路交通モハニ1005→1961年車体更新→1966年廃線 ※以下の車両は譲渡時期が若干ズレている(1951年)ため、63系導入に伴う車両供出とは無関係の可能性もありますが、一応掲載しておきます。 加太電鉄デホ11→南海デホ11→弘南鉄道デホ11→廃車? 加太電鉄デニホ10→南海デニホ10→弘南鉄道デニホ10→定山渓鉄道101の車体に載せ替え、モハ2210に改番→1972年日立電鉄モハ2210→1979年廃車 加太電鉄デニホ51→南海デニホ51→弘南鉄道デニホ51→モハ51→1972年日立電鉄モハ51→1982年廃車 |
■山陽電鉄 |
山陽電鉄は地方私鉄とも呼べる存在で、軌道区間すら存在したほどだが、明石の空襲や戦後の台風などによって壊滅的な打撃を受け、当時は14m車が主力であり完全に分不相応であったが、20両もの63系の割り当てを受けた。 山陽電鉄は1435mm軌間であり、多くが国鉄に倣って1067mm軌間であった地方私鉄では扱いづらく、また山陽電鉄自体も壊滅的な打撃を受け少しでも車両の放出を抑えたい方針から、供給車輌は同じ1435mm軌間の高松琴平電鉄に少数が、それもかなりの老朽車が供給されたのみになっている。 36形(36〜40 1921年製造) 兵庫電気軌道36→高松琴平電鉄81→1967年までに廃車 兵庫電気軌道37→高松琴平電鉄82→1967年までに廃車 兵庫電気軌道38→高松琴平電鉄83→1967年までに廃車 兵庫電気軌道39→高松琴平電鉄84→1967年までに廃車 |
■京浜急行電鉄(番外編) |
京浜急行では63系の割り当てに対する供出車はないが、420形(運輸省規格型電車)導入の際に、地方私鉄へ供出車が発生しているので紹介したい。いずれもごく初期の路面電車型電車で、車体を載せ変えているものの老朽木造車であった。譲渡先でも比較的早い時期に淘汰されている。 なお、譲渡先の私鉄は琴電を除いて京急の1435mm軌間ではなく1067mm軌間であるため、台車やモーターなどは中古機器類による置き換えが発生している。 1号形電車(1〜25 1907年製造初年度) 京浜電気鉄道11〜25のいずれか→1924年車体を載せ変え11→大東急クハ5201→京浜急行クハ201→福井鉄道モハ101→1964年廃車 京浜電気鉄道11〜25のいずれか→1924年車体を載せ変え12→大東急クハ5202→京浜急行クハ202→福井鉄道モハ102→付随車化されてハ102→1968年廃車 京浜電気鉄道11〜25のいずれか→1924年車体を載せ変え13→大東急クハ5203→京浜急行クハ203→福井鉄道モハ103→1965年廃車 京浜電気鉄道11〜25のいずれか→1925年車体を載せ変え14→大東急デハ5111→京浜急行デハ111→機器類・車体台枠のみ長岡鉄道モハ3001(車体は日本鉄道自動車製)→架線電圧昇圧により1969年廃車 京浜電気鉄道11〜25のいずれか→1925年車体を載せ変え15→大東急デハ5112→京浜急行デハ112→機器類・車体台枠のみ長岡鉄道モハ3002(車体は日本鉄道自動車製)→1972年蒲原鉄道モハ81→路線縮小により1985年廃車 京浜電気鉄道11〜25のいずれか→1925年車体を載せ変え16→大東急デハ5113→京浜急行デハ113→高松琴平電鉄21→66→1968年廃車 参考文献・サイト 鉄道ピクトリアル各号 RM LIBRARARY各号 消えた轍各号 北山敏和の鉄道いまむかし http://ktymtskz.my.coocan.jp/ 里山工房 http://satoyama.in/ DRFC-OB デジタル青信号 http://drfc-ob.com/wp/top Wikipedia |
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